Marron_Creamのブログ

読書記録をメインに、お出かけなど日記風に書き連ねています

読書日記#132 建築生産とは何か

『これからの建築入門』 松村秀一 著

「つくる」を問い直す。現場から考える建築の本質

 

初心に立ち返るための一冊

「これからの建築入門<自分でつくる>を取り戻せ」は、建築に関わる仕事をしている私が、あらためて基礎に立ち返りたいと思い手に取った一冊です。

学生時代のように、もう一度シンプルな言葉で建築を捉え直したい。そんな気持ちに応えてくれる本でした。

2025年10月刊行の岩波ジュニア新書であり、中高生向けに書かれていますが、むしろ社会人経験を積んだ今だからこそ、その内容が深く響くと感じました。

 

「建築生産」という視点

本書の軸となるのは、「建築生産」という分野です。

それは、単に建物を設計する・つくるという話にとどまらず、「どのような人や組織が関わり、どのような意思決定と行為によって建築が形づくられるのか」という、社会的・産業的な仕組みを読み解く視点です。

この視点から語られる現代の建築は、とても具体的で、実務に近い温度感を持っています。

専門的でありながらも、平易な言葉で説明されているため、読者の立場を問わず理解しやすい構成になっている点も印象的でした。

 

「使う人」を忘れないという原点

学生時代は、どうしても有名建築家や象徴的な建築作品に目が向きがちでした。

国内外を旅して名建築を巡り、その空間を体験することに夢中になっていた時期もあります。

しかし本書は、そうした視点に対して静かに問いを投げかけます。

建築には必ず、それを使う人が存在するという当たり前の事実。
そして、つくる側は常にその存在を意識しなければならないという原点。

実務に携わる今、その重要性を日々感じているからこそ、この言葉は強く胸に響きました。

 

現場のリアリティと未来への視点

本書では、近年注目されている木造建築の産業構造や、職人不足といった課題についても触れられています。

それらは単なる表層的なトピックとしてではなく、「つくる側」の視点から語られており、現場のリアリティが感じられる内容でした。

特に印象に残ったのは、ロボット技術と職人の関係についての記述です。

効率化が求められる現代においても、主役はあくまで人であるべきだという考え方。

機械の導入が進む中で、もしその前提を見失えば、仕事そのものの魅力が失われてしまうかもしれない。

そうした指摘に、日々の業務の中で無意識に効率を優先していた自分自身を省みるきっかけをもらいました。

 

今だからこそ面白い分野

正直なところ、学生時代の私は「建築生産」という分野に対して、どこか地味で現実的すぎる印象を抱き、あまり関心を持てずにいました。

しかし社会人として経験を重ねた今、むしろ最も興味深い領域のひとつになっています。

建築は決して一人では成立せず、多くの人の関わりと積み重ねによって形づくられるものです。

その過程に目を向けることで、建築の見え方そのものが変わってくる。

本書は、その気づきをやさしく、しかし確かな言葉で与えてくれる一冊でした。

平易な語り口に導かれながら、あらためて建築と向き合う時間を持てたことに、素直な感謝をしたいです。良い読書体験でした。

 

 

 

読書日記#131 才能がもたらす歪み

『願わくば海の底で』

比較に疲れた心へ。震災の記憶と才能をめぐる静かな衝突

 

書評欄で出会った、静かな衝撃の物語

新聞の書評欄で見かけ、そのタイトルとテーマに惹かれて手に取った一冊。

2025年2月に刊行された本作は、東北の高校を舞台に、一人の男子高校生を軸として展開されます。物語の背景には、東日本大震災の記憶も描かれています。

読み始めた当初は、いわゆる青春小説の延長線にある作品だろうと、どこか構えていない自分がいました。しかし、その予想は良い意味で裏切られることになります。

 

才能がもたらす歪み

主人公の少年は、いわば「天賦の才能」を持つ存在として描かれます。

その突出した能力ゆえに、周囲の友人や、時には教師までもが、彼に対して複雑な感情を抱くようになります。

羨望、嫉妬、そして無意識の比較。

物語は、そうした感情の揺らぎを丁寧にすくい上げていきます。

人はどうしても、自分と他者を比べてしまうものです。高校生という環境であれば、成績や部活動といったわかりやすい指標があり、その比較はより直接的に心に影響したことを思い出しました。

 

比較し続ける社会の延長線

印象的だったのは、本作で描かれる「比較」の感情でした。

物語の中では主に高校という環境の中で、成績や能力といったわかりやすい尺度によって、人が人を意識し、揺れ動く様子が描かれています。

そして読んでいるうちに、これはあくまで私自身の連想ではあるのですが、この構造は学生時代に限らず、そのまま社会にも続いているのではないかと感じました。

社会に出れば、今度は勤め先や成果、収入といった別の基準が現れます。さらに現代では、SNSを通じて他者の生活が可視化され、「いいね」の数といった新たな比較軸も生まれています。

こうした点は本書が直接描いているわけではありません。ただ、登場人物たちの感情の動きを追う中で、自然と自分の現実に引き寄せて考えてしまいました。

そうして私たちは、気づかないうちに誰かと自分を比べ続け、疲れてしまうことがあります。

そして、自分に余裕がないときほど、軽やかに見える他者に対して落ち込んだり、ときに距離を置きたくなったりする。

本作は、その根っこにある感情を思い出させるような力を持っていると感じました。

近づきたい、でも傷つきたくない

読みながら、もしこの主人公が自分の身近にいたらどうするだろう、と考えました。

きっと、無意識に距離を置いてしまう気がします。傷つきたくないから、遠巻きに見ていたくなる。

それでも同時に、彼が何を考えているのか知りたくなり、近づいてしまう自分も想像できました。

その相反する感情こそが、この物語の持つ引力なのだと思います。

 

静かに心に残る一冊

『願わくば海の底で』は、派手な展開で読者を引き込む作品ではありません。

しかし、読み終えたあと、じわじわと心に残り続ける余韻があります。

震災という過去、才能という光と影、そして比較という逃れがたい人間の性質。

それらが重なり合いながら、静かに、しかし確かな強度を持って読者に問いを投げかけてきます。

読み終えたとき、「良い物語だった」と自然に思えた一冊でした。

 

願わくば海の底で

 

読書日記#130 不思議な悩み:超 すしってる

『超 すしってる』 須藤 アンナ著

奇妙でまっすぐ。モラトリアムを生きる4人の青春物語

 

タイトルに惹かれて手に取った一冊

超すしってるは、新聞の書評欄で見かけたことがきっかけで知った作品です。
まず印象に残るのは、そのタイトルのインパクトでした。
「すしってる」という言葉の意味もわからないまま、妙に気になってしまい、図書館で借りて読んでみることにしました。
2025年刊行の比較的新しい作品で、コロナ禍に高校を卒業した4人の女性たちの物語です。
 

現実離れした舞台設定

本作はいわゆるエンタメ小説の要素が強く、物語の設定もかなりユニークです。
彼女たちは「すし養成大学」と呼ばれる場所に短期間通うことになりますが、その授業内容がまた独特で、思わず「どうしてこんな発想になるのだろう」と感じるほど奇妙です。
現実とは少し距離のある設定でありながら、その中で描かれる人間関係や感情はどこかリアルで、そのアンバランスさが作品の魅力になっていました。

 

「すしってる」がつなぐ関係性

物語の中では、「すしってる」という言葉が合言葉のように使われます。
その意味は明確に定義されるわけではありませんが、登場人物たちの間で共有される感覚や、関係性の象徴のような役割を果たしています。
親友たちとのやり取りや距離感が丁寧に描かれており、その中で少しずつそれぞれの内面が明らかになっていきます。

 

モラトリアムの揺れ動く心

この作品の核にあるのは、子どもから大人へと移行する「モラトリアム」の時間です。
何者かになりたいという気持ちと、現実との折り合いがつかない焦り。
一筋縄ではいかない家族との関係や、自分の将来への不安。
そうした感情が、4人それぞれの視点を通して描かれていきます。
少し不思議な設定の中にありながら、彼女たちの悩みや葛藤はとても普遍的で、読んでいるうちに自然と引き込まれていきました。
 

あの頃の自分を思い出す

正直なところ、不思議さの度合いはやや高く、好みが分かれる作品だと思います。
それでも読み進めるうちに、自分がこの年代だった頃のことを思い出しました。
将来に対する漠然とした不安や、何者かになりたいという焦り、そしてうまく言葉にできない感情。
形は違っていても、似たような悩みを抱えていたことに気づかされます。奇妙な設定と、リアルな感情。
その両方が混ざり合うことで、不思議な読後感を残す一冊でした。
 

 

 

読書日記#129 再出発の喫茶人生

『喫茶おじさん』原田ひ香 著

57歳・無職からの再出発。純喫茶を巡る、やさしい人生再考物語

 

安心して手に取れる作家の一冊

喫茶おじさんは、「この作家なら間違いない」という安心感を持って手に取った一冊です。

原田ひ香さんの作品は、これまでも何作か読んできましたが、生活に根ざしたテーマと、読み終えたあとに前向きな気持ちになれる点が魅力だと感じています。

本作の主人公は、57歳、バツイチで無職の男性。純喫茶を巡りながら、自分の人生について考えていく物語です。

 

実在する喫茶店を巡る楽しさ

物語の中で訪れる喫茶店は、実在する店舗がモデルになっています。

すでに閉店してしまったお店もあるようですが、コーヒーや甘いものが好きな私にとっては、その一つひとつがとても魅力的に映りました。

気になる店が登場するたびに、スマートフォンで検索しながら読む時間もまた楽しく、本を読みながらちょっとした旅をしているような気分になります。

純喫茶という空間の持つ独特の落ち着きや温度感が、物語全体にやさしい空気をもたらしていました。

 

マイペースな主人公の魅力

主人公は、妻や娘、元妻、元同僚たちから「わかっていない」と言われることが多い人物です。

それでも本人はどこか首をかしげながら、あまり深刻に受け止めすぎることなく、気がつけば立ち直っている。

そのマイペースさが、なんとも言えず良い味を出しています。

無職で、しかもバツ2になりそうな状況にありながら、物語全体に暗さはほとんどありません。むしろ、軽やかさすら感じられます。

こうした「深刻になりすぎない力」は、見習いたいと思えるものでした。

 

失敗の先に見えてくるもの

物語の中で主人公は、退職金を使って喫茶店を開業しますが、半年も経たずに閉店してしまいます。

一見すると大きな失敗のようにも思えますが、その経験があるからこそ、自分が本当にやりたかったことが少しずつ見えてきます。

さまざまな喫茶店を巡る中で、「自分にとっての理想の店とは何か」を考え続ける姿は、とても現実味がありました。

人生は計画通りにいかないことの方が多いものですが、その過程の中で見えてくるものもあるのだと感じさせられます。

 

前向きに生きるヒント

本書を読んでいて感じたのは、どんな状況にあっても、必要以上にくさくさせずに生きることの大切さでした。

うまくいかないことがあっても、それを引きずりすぎず、少しずつでも前を向いていく。

そんな姿勢が、物語全体を通して静かに伝わってきます。

読後には、「もう少し気楽に考えてもいいのかもしれない」と思えるような、やわらかな余韻が残りました。

個人的には、喫茶店のコーヒーや食事の描写に加えて、挿絵があればさらに楽しめたのではないかとも感じましたが、それも含めて想像を膨らませながら読む時間が心地よい一冊でした。

 

原田ひ香さんの他作品レビュー

読書日記#128 葛藤の先で見つける新たな自分

 

 

『自転しながら公転する』山本文雄 著

共感が止まらない。30代女性の揺れる心を描く傑作

 

山本文雄作品にハマるきっかけとなった一冊

自転しながら公転するは、2020年に刊行された作品で、私にとって山本文雄さんの小説にハマるきっかけとなった一冊です。
最近、著者の作品をあらためて読み返している中で、原点とも言える本作を再読してみることにしました。
久しぶりにページを開いてみると、「こんな内容だっただろうか」と思うほど記憶が曖昧になっている部分も多く、結果的には初読のような新鮮さで物語を楽しむことができました。
 

共感し続けてしまう主人公の葛藤

物語の中心となるのは、30代前半の女性です。
彼女の抱える悩みは、一見すると優柔不断にも見えるものの、その揺れ動く感情がとてもリアルに描かれています。
恋人や家族に対して、無意識のうちに理想を託してしまう。
現状を変えようと動いてみるものの、自分が本当に何を望んでいるのか分からなくなり、もやもやとした苛立ちを抱える。
そうした感情の一つひとつに、「わかる」と何度も頷きながら読み進めていました。
誰かに依存したいわけではないのに、どこかで期待してしまう。
その曖昧で不安定な心の動きが、とても丁寧に描かれています。
 

予想を裏切る展開の連続

物語は、いわゆる「山あり谷あり」の展開を見せますが、途中で落ち着く気配を見せることはありません。
「そろそろ穏やかになるのでは」と思った矢先に、また新たな出来事が起こり、物語は次の局面へと進んでいきます。
その連続は、まるで長いジェットコースターに乗っているかのようです。
ハラハラしながらも、主人公の選択や感情の変化から目が離せず、気がつけば一気に読み終えてしまいました。
改めて、山本文雄さんの作品には「外れがない」と感じさせられます。
 
 

再読だからこそ見えるもの

普段は、一度読んだ小説を読み返すことはあまりありません。
しかし今回のように、時間を置いて再読してみると、自分自身の感じ方が変わっていることに気づかされます。
以前は気づかなかった感情に共感したり、逆に当時は強く印象に残った部分が、今回は静かに通り過ぎていったりする。
その変化は、自分自身の内面の変化でもあるのだと思います。
読書は、その時々の自分を映し出す鏡のようなものなのかもしれません。

 

何度でも読みたくなる物語

『自転しながら公転する』は、人生の中で揺れ動く時期に読むと、より深く響く作品だと感じました。
はっきりとした答えがあるわけではなく、迷いながらも進んでいく姿が描かれているからこそ、多くの読者の心に重なるのだと思います。
今回の再読をきっかけに、これからもときどき過去に読んだ作品を手に取ってみたいと感じました。
そのたびに、新しい自分の気持ちに出会える。そんな楽しみ方も、読書の醍醐味のひとつだと思います。

 

 

 

読書日記#127 人生の輪郭:再評価されるバブル時代の散文的な独白

『終の住処』磯崎憲一郎 著

人生は流されていくのか。再読で見えた、静かな違和感と共感

 

学生時代には印象に残らなかった作品を再読して

終の住処は、芥川賞を受賞した作品として知られています。

私が初めてこの本を読んだのは、受賞から間もない頃、まだ学生だったときでした。そのときは正直なところ、あまり印象に残らなかったというのが本音です。

今回、図書館で久しぶりに目にし、改めて手に取ってみることにしました。再読という形で向き合ってみると、以前とはまったく違う感覚でこの作品を読むことができました。

 

バブル期の男の、散文的な独白

本書は2009年に刊行された作品で、バブル時代を背景に、一人の男性の人生が描かれています。

結婚、会社員としての生活、マイホーム、そして女性関係。そうした要素が、主人公自身の独白という形で、散文的に綴られていきます。

明確な起承転結があるわけではなく、出来事が淡々と積み重なっていく構成のため、正直に言えば、好みが分かれる作品だと感じました。

その「とりとめのなさ」こそが、この小説の特徴であり、魅力でもあるのかもしれません。

 

年齢を重ねて見えてきた共感

初読のときには理解しきれなかった主人公の感覚が、今回は不思議と腑に落ちる場面がいくつもありました。

それはおそらく、自分自身が主人公と近い年齢になったからだと思います。

意志を持って選び取っているようでいて、気がつけば流されている。

妻との関係がいつの間にか停滞し、気がつけば別の女性との関係が生まれ、仕事もまた、流れの中でまとまっていく。

そうした「自分の意思とは裏腹に進んでいく人生」の描写に、どこか現実味を感じました。

多くの人が、大きな目標を掲げて一直線に生きているわけではなく、小さな選択や流れに身を任せながら、気がつけば思いもよらない場所に辿り着いているのではないでしょうか。

 

「ペナント」に通底する時間の感覚

文庫版に収録されている「ペナント」という作品も印象的でした。

物語としてはさらに掴みどころが難しいのですが、その中にある「自分の人生の時間を、他人に食いつぶされないように」という趣旨の言葉が強く心に残りました。

この感覚は、『終の住処』の主人公の生き方にも通じているように思います。

日々の生活の中で、人間関係や仕事に時間を奪われ、気がつけば自分の時間が削られている。

そうした無意識の積み重ねが、人生の輪郭を形作っていくのかもしれません。

 

読書体験は変化していく

今回の再読で強く感じたのは、小説は読む時期によってまったく違う表情を見せるということです。

かつては理解できなかったものに共感できたり、逆に今は響かないものが、未来には深く刺さるかもしれない。

そう考えると、読書という行為そのものが、とても豊かな体験のように思えてきます。

『終の住処』は、決して誰にでも勧めやすい作品ではありません。

それでも、自分自身の変化とともに読み返すことで、新しい発見を与えてくれる小説でした。

 

 

読書日記#126 家族の記憶を綴るカレー

『カレーの時間』寺地はるな著

食卓からつながる家族の記憶。やさしさが沁みるホームドラマ小説

 

図書館で出会った、あたたかな物語

カレーの時間は、図書館の本の紹介コーナーに置かれていた一冊。

美味しそうなカレーの写真が印象的な背表紙を見て、なんとなく手に取りました。おそらく、あたたかなホームドラマのような物語だろうという予感があり、その直感に従って借りてみることにしました。

実際に読み始めてみると、その予感はいい意味で裏切られることなく、静かでやさしい物語が広がっていました。

 

祖父と「僕」、二つの視点

物語は、祖父と20代の「僕」という二つの軸で進んでいきます。

さらに、「僕」の母とその姉妹、そして「僕」の姉や従姉妹たちといった家族の物語が重なり合い、一つの大きな流れを形作っていきます。

祖父は、いわゆる“昭和の男”という言葉が似合う人物で、頑固な一面を持ちながらも、強い正義感を持っています。その思いやりは決してわかりやすいものではありませんが、行動の端々ににじみ出ていて、読んでいてじんわりと伝わってきます。

一方で「僕」は、現代的な感覚を持つやさしい青年です。しかし、その内側には彼なりの正義感があり、どこか祖父と通じるものを感じさせます。

時代も価値観も異なる二人が、見えないところで似ているという構図がとても印象的でした。

 

大阪の空気と軽やかな会話

物語の舞台は大阪。

登場人物たちの会話が多く、テンポよく物語が進んでいきます。そのやり取りが自然で心地よく、まるでその場にいるかのような感覚になります。

関西特有の距離感や空気感も相まって、登場人物たちの関係性がより生き生きと感じられました。

 

カレーがつなぐ記憶と時間

タイトルにもある通り、本書にはカレーがたびたび登場します。

「僕」が作る料理はどれも自然で、特別に誇張されることなく、さりげなく「料理が上手い」ことが伝わってきます。

そしてその背景には、祖父が現役時代に勤めていたカレーメーカーの存在があります。

カレーという一つの料理を通して、世代を超えた記憶やつながりが描かれているのが印象的でした。

食べ物は、単なる生活の一部でありながら、人と人を結びつける力を持っているのだと改めて感じます。

 

読書のバランスを整えてくれる一冊

最近は、少し重たいテーマの小説を読むことも多いのですが、本書のように食べ物を介したホームドラマ的な作品を、合間に読むことが増えています。

重い物語と、こうしたあたたかな物語。

どちらにもそれぞれの良さがあり、交互に読むことで読書のバランスが自然と整っていくように感じます。

本書は、派手な展開があるわけではありませんが、日常の中にあるやさしさやぬくもりを静かに描いた作品です。

読み終えたあと、少し心がやわらかくなる。そんな読書体験を与えてくれる一冊でした。

 

 

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