Marron_Creamのブログ

読書記録をメインに、お出かけなど日記風に書き連ねています

読書日記#126 家族の記憶を綴るカレー

『カレーの時間』寺地はるな著

食卓からつながる家族の記憶。やさしさが沁みるホームドラマ小説

 

図書館で出会った、あたたかな物語

カレーの時間は、図書館の本の紹介コーナーに置かれていた一冊。

美味しそうなカレーの写真が印象的な背表紙を見て、なんとなく手に取りました。おそらく、あたたかなホームドラマのような物語だろうという予感があり、その直感に従って借りてみることにしました。

実際に読み始めてみると、その予感はいい意味で裏切られることなく、静かでやさしい物語が広がっていました。

 

祖父と「僕」、二つの視点

物語は、祖父と20代の「僕」という二つの軸で進んでいきます。

さらに、「僕」の母とその姉妹、そして「僕」の姉や従姉妹たちといった家族の物語が重なり合い、一つの大きな流れを形作っていきます。

祖父は、いわゆる“昭和の男”という言葉が似合う人物で、頑固な一面を持ちながらも、強い正義感を持っています。その思いやりは決してわかりやすいものではありませんが、行動の端々ににじみ出ていて、読んでいてじんわりと伝わってきます。

一方で「僕」は、現代的な感覚を持つやさしい青年です。しかし、その内側には彼なりの正義感があり、どこか祖父と通じるものを感じさせます。

時代も価値観も異なる二人が、見えないところで似ているという構図がとても印象的でした。

 

大阪の空気と軽やかな会話

物語の舞台は大阪。

登場人物たちの会話が多く、テンポよく物語が進んでいきます。そのやり取りが自然で心地よく、まるでその場にいるかのような感覚になります。

関西特有の距離感や空気感も相まって、登場人物たちの関係性がより生き生きと感じられました。

 

カレーがつなぐ記憶と時間

タイトルにもある通り、本書にはカレーがたびたび登場します。

「僕」が作る料理はどれも自然で、特別に誇張されることなく、さりげなく「料理が上手い」ことが伝わってきます。

そしてその背景には、祖父が現役時代に勤めていたカレーメーカーの存在があります。

カレーという一つの料理を通して、世代を超えた記憶やつながりが描かれているのが印象的でした。

食べ物は、単なる生活の一部でありながら、人と人を結びつける力を持っているのだと改めて感じます。

 

読書のバランスを整えてくれる一冊

最近は、少し重たいテーマの小説を読むことも多いのですが、本書のように食べ物を介したホームドラマ的な作品を、合間に読むことが増えています。

重い物語と、こうしたあたたかな物語。

どちらにもそれぞれの良さがあり、交互に読むことで読書のバランスが自然と整っていくように感じます。

本書は、派手な展開があるわけではありませんが、日常の中にあるやさしさやぬくもりを静かに描いた作品です。

読み終えたあと、少し心がやわらかくなる。そんな読書体験を与えてくれる一冊でした。

 

 

寺地はるなの他の書評

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読書日記#125 人の弱さがリアルに響く:『なぎさ』山本文緒の長編小説

『なぎさ』山本文緒 著

人の弱さがリアルに響く。山本文緒の長編が面白い理由

 

『プラナリア』から続けて読んだ長編

先日読んだプラナリアがとても面白かったため、同じ著者の別の作品を読みたくなり、図書館でなぎさを借りてきました。

本書は2013年に初版が刊行された長編小説で、すでに10年以上前の作品になります。それでも読み始めてみると、時代の古さのようなものはほとんど感じませんでした。

最近は、少し前の小説を読むと、当時と今の社会とのギャップを感じてしまい、物語に入り込めず、どこか白けてしまうこともあります。しかしこの作品には、そうした違和感がほとんどありませんでした。

 

人間の不完全さが物語をリアルにする

その理由を考えてみると、この著者の描く人物像にあるのではないかと思いました。

山本文緒さんの作品に登場する人たちは、決して完璧ではありません。

善人と悪人がはっきり分かれているわけでもなく、それぞれが何かしらの欠点や弱さを抱えています。

ときには身勝手だったり、迷ったり、誰かを傷つけてしまったりもする。

そうした人間の不完全さが、とても生々しく描かれているため、物語に強い真実味が生まれているのだと思います。だからこそ、読者としても登場人物の感情に自然と引き込まれていきます。

 

読み始めると止まらない物語

本書はかなり分厚い長編小説ですが、読み始めると不思議なほどページが進みます。

「この先どうなるのだろう」と思わせる展開が続き、つい読み進めてしまうのです。

先の展開が予測できない物語の流れは、読書の醍醐味のひとつでもあります。

読んでいるうちに、「ああ、私が求めている読書体験はこういうものだった」と思い出し、少し嬉しい気持ちになりました。

 

主人公が自律していく過程

この物語の魅力は、主人公の心の変化にもあります。

最初はどこか不安定だった主人公が、日々の生活や周囲の人との関わりの中で、少しずつ自分の気持ちを整理し、自律していく姿が丁寧に描かれています。

その変化は劇的なものではなく、とても自然な流れの中で進んでいきます。

だからこそ、主人公が置かれている複雑な状況の中で、これからどう向き合っていくのか、どこへ流れていくのかが気になり、読み続けてしまうのです。

 

読者自身の人生とも重なる物語

この小説を読んでいると、登場人物たちの悩みがどこか自分の人生とも重なってきます。

夫婦関係、親子関係、仕事の環境。

誰しも、人生の中で一つや二つは悩みを抱えているものです。本書には、そうした人間関係の複雑さが多く描かれており、読者はきっとどこかの場面で共感するはずです。

登場人物の気持ちになって物語の中を旅しながら、ふと「自分ならどうするだろう」と考える。

そうした読書の楽しさを改めて感じさせてくれる作品でした。

 

もっと読みたくなる作家

今回、『なぎさ』は初めて読みましたが、やはり山本文緒さんの作品は面白いと改めて感じました。

残念ながら著者はすでに亡くなられており、新しい作品を読むことはできません。

それでも、これまでに書かれた作品を読み返していく楽しみがあります。

これからも少しずつ、山本文緒さんの小説を手に取っていきたいと思っています。

 

 

山本文雄さんの他作品レビュー

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読書日記#124 強烈な筆力を感じる恋愛小説

『星へ落ちる』

恋愛の執着を描き続ける独白小説。金原ひとみの初期作品を読む

 

星へ落ちるは、蛇にピアスで芥川賞を受賞した金原ひとみさんの作品。

恥ずかしながら、私はこれまでこの作家の作品をほとんど読んだことがありませんでした。『蛇にピアス』の名前はよく知られているものの、他の作品に触れるのは今回が初めてです。

本書は2007年に刊行された作品で、今からおよそ20年前の小説になります。恋愛をテーマにした物語ですが、いわゆる恋愛小説というより、恋愛の苦しさや執着を、登場人物の独白によってひたすら描き続ける作品でした。

 

恋愛の苦しさを延々と描く物語

物語の大半は、好きな相手への思いを語り続ける独白で構成されています。

正直に言うと、読み進めるうちに少し辟易してしまいました。好きな男や女への思いが、かなり病的とも言えるほど繰り返し語られ、同じような感情の揺れが延々と続いていくのです。

途中で読むのをやめようかと思った瞬間もありました。

それでも、なぜか最後まで読んでしまったのは、同じ調子で書き続ける著者の執念のようなものを感じたからです。

恋愛の執着や苦しさを、ここまで徹底して書き続けるという姿勢に、ある種の力強さがありました。

 

時代の違いを感じる恋愛観

読んでいて感じたのは、恋愛に対する感覚の違いでした。

これは私自身の年齢が上がったからかもしれませんが、ここまで恋愛一色の物語には、あまり興味が湧かなくなっていることにも気づきました。

また、現代の感覚からすると、このような恋愛の形は少し遠いものにも思えます。

スマートフォンやSNSがなかった時代、相手とつながる手段は今よりずっと限られていました。だからこそ、相手を思い続ける時間や、想像力の余地が大きかったのかもしれません。

誰かを長く待ち続ける、という感覚も、今の時代ではあまり一般的ではないと感じてしまう自分もいます。

効率やタイパ、コスパを重視する社会では、合わないと感じたらすぐにマッチングアプリで次へ進むという選択も多いのではないでしょうか。

 

強烈な筆力を感じる作品

正直なところ、この作品をもう一度読み返すことはないと思います。

しかし、最初から最後まで、強いストレスを伴うような恋愛の感情を描き続けるというのは、簡単にできることではない。

読後には、金原ひとみという作家の底力のようなものを感じました。

好き嫌いがはっきり分かれる作品かもしれませんが、強烈な個性を持った作家であることは間違いありません。

今回の読書は、そんな作家の一端に触れる経験でもありました。

 

 

 

読書日記#123 再生を描く静かな物語

『プラナリア』山本文雄 著

静かな再生を描く5つの物語。山本文雄の短編が沁みる理由

 

久しぶりに読み返した山本文雄

「プラナリア」を久しぶりに読みました。

コロナ禍で家にいる時間が多かった頃、山本文雄さんの小説を立て続けに読んでいた時期があります。本書もその頃に一度読んでいたのですが、図書館でふと目に留まり、懐かしくなって再び手に取ってみました。

読み返してみると、やはりこの作家ならではの魅力があると改めて感じました。

 

日常の物語なのに深い

本書には、5つの短編小説が収められています。

山本文雄さんの作品は、日常の出来事を題材にしているため、とても読みやすく、登場人物にも共感しやすいのが特徴です。

しかし、ただの日常小説に終わらないところが、この作家の面白さでもあります。

人が窮地に立たされたときの心の揺れや、ふとした瞬間に現れる弱さ、意地、諦め。そうした人間の内面が、驚くほど自然な言葉で描かれています。

「人って、こういうときこんな気持ちになるよね」

そんな感情を、さらりと書いてしまうところに、この作家のすごさを感じます。

 

心をほどく読書

山本文雄さんの小説を読むと、どこか心がゆるむ感覚があります。

登場人物たちは必ずしも前向きで立派な人ばかりではありません。むしろ、迷ったり、弱かったり、どこか不器用だったりします。

それでも物語の中で、少しずつ自分なりの折り合いを見つけていきます。

その姿を読んでいると、突っ張っていた心がふっとほぐれ、「まあ、なるようになるか」と思えてくるのです。

ある意味で、メンタルの本を読むよりも、こうした小説のほうが気持ちに効くこともあるのではないかと思いました。

 

印象に残った「ネイキッド」

中でも印象に残ったのは、「ネイキッド」という短編です。

バリバリ働いていたキャリア女性が、無職になり、さらに離婚も経験し、しばらくダラダラと過ごしているという物語です。

やがて疑問を感じながらも、再び社会に出て働き始めます。その過程で描かれるのが、「心と体の回復力が忌々しい」という感覚です。

この描写には思わず共感しました。

私自身、休職した経験があるため、心や体が回復していく感覚に戸惑う気持ちがよくわかります。

休んでいる時間には確かに意味があるのに、回復するとまた社会に戻っていく。その流れに、どこか複雑な感情が生まれるのです。

 

何度でも読み返したくなる作家

山本文雄さんはすでに亡くなられているため、新しい作品を読むことはできません。

それでも、こうして過去の作品を読み返すたびに、やはり魅力的な作家だと感じます。

日常の中にある小さな感情を、無理にドラマチックにすることなく、静かにすくい取る。

その優しい視線が、読む人の心をそっと軽くしてくれるのだと思います。

また時間が経った頃に、もう一度読み返してみたい。
そんなふうに思わせてくれる作品でした。

 

読書日記#122 馬鹿ブス貧乏で生きる

『馬鹿ブス貧乏で生きるしかないあなたに愛を込めて書いたので読んでください』藤森かよこ 著

停滞しているときに効く、少し辛口な人生アドバイス

 

衝撃的なタイトルに惹かれて

「馬鹿ブス貧乏で生きるしかないあなたに愛を込めて書いたので読んでください」は、YouTubeで紹介されているのを見て知った本です。何よりもまず、その衝撃的なタイトルに目が止まりました。

少し過激にも思える言葉ですが、逆にどんな内容なのだろうと気になり、図書館で借りて読んでみました。

以前、同じ著者の優しいあなたが不幸になりやすいのは世界が悪いのではなく自業自得なのだよも読んだことがありますが、この著者の本は、なんとなく気持ちが停滞しているときや、少し無気力になっているときに読むと不思議と効いてきます。

 

意識高い系ではない、淡々とした現実論

本書の魅力は、いわゆる「意識高い系」の自己啓発とは少し違うところにあります。

「こうすれば成功する」「夢を叶えよう」といった熱いメッセージではなく、どこか冷めた視点で、現実的な生き方を語っているのです。

つべこべ言わず、とりあえずやる。
完璧でなくてもいいから、淡々と続ける。

読んでいると、「まあ、深く考えすぎずにやってみようかな」という気持ちになります。肩に力を入れるのではなく、少し力を抜いて前に進む感覚です。

 

年代ごとに考える人生戦略

本書では、平凡な女性が現代社会をどう生きていくかについて、年代ごとに分けて語られています。

37歳まで、そこから65歳まで、そしてそれ以降。

それぞれの年代で直面する現実や課題を踏まえながら、どういう心持ちで生きていけばよいのかを、著者なりの視点で率直に語っています。

決して甘い話ばかりではありませんが、少し距離のある視点が面白いところです。

 

印象に残った二つの話

特に印象に残ったのは、「馬鹿に最適な語学学習」という話でした。

著者は以前から、国語力を高めるために読書を強く勧めていますが、それに加えて「何か一つ語学を学ぶとよい」と書いています。

日本では外国語が少しできるだけでも、十分に差別化になるというのです。

日頃から英語学習をしている私にとっては、少し嬉しい指摘でした。コツコツ続けていることにも意味があるのだと感じられます。

もう一つ印象的だったのが、「貴族的な家系と大衆を分ける遺伝子」という話です。

その違いとは、高齢になっても健康で、陽気で、明るい自分でいることを「当たり前」と思えるかどうかだそうです。

つまり、自己肯定感が高い状態を自然なものとして持てるかどうか。

最初は少し極端な考えにも感じましたが、「思い込みも訓練でつくれるのかもしれない」と思わせるところがありました。

 

読書の入り口にもなる一冊

本書の中では、さまざまな本も紹介されています。

それがまた、新しい本を読むきっかけにもなります。読書案内のような楽しみ方もできる一冊です。

私自身は、ひとまず「読書」と「語学学習」という二つを、これからも続けていこうと思いました。

強い言葉のタイトルとは裏腹に、読後にはどこか落ち着いた気持ちが残る本です。停滞していると感じるときに読むと、少し背中を押してくれる一冊かもしれません。

 

藤森かよこさんの他作品レビュー

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読書日記#121 のんびり稼ぐドイツ人の働き方

『GDPで日本を超えた のんびり稼ぐドイツ人の幸せな働き方』熊谷 徹 著

休むことを優先する国の働き方とは

 

日本を追い抜いたドイツの働き方

GDPで日本を超えた のんびり稼ぐドイツ人の幸せな働き方は、ドイツ在住34年の元NHK記者でジャーナリストの熊谷徹氏による一冊です。主にドイツのサラリーマンの働き方や休み方について書かれています。

近年、日本の経済ニュースでよく話題になるのがGDPの順位です。2024年、日本は名目GDPでドイツに抜かれ、世界第四位になりました。さらに調べてみると、2025年にはインドにも抜かれ、世界第五位になると報じられています。

本書は、こうした経済の変化をきっかけに、「なぜドイツは日本よりも豊かになったのか」という問いから始まります。

 

「休むこと」を前提にした社会

本書を読んで印象的だったのは、ドイツでは「働きすぎを防ぐ仕組み」が制度としてしっかり整えられていることです。

法律によって労働時間が厳しく管理されているだけでなく、社会全体の価値観として「休むこと」が非常に大切にされています。

さらに興味深いのは、ドイツでは「残業する人は仕事ができない人」と見なされることが多いという点です。効率よく仕事を終え、定時で帰ることが優秀さの証でもあるのです。

この考え方には大いに共感。日本では周囲に気を遣い、「みんなが残っているから帰りづらい」という空気がいまだに存在します。私自身は颯爽と席を立ち、仕事を終えて退社する方ですが、「和をもって尊しとする」日本社会では、まだ簡単なことではないと思います。

 

病欠制度という違い

また、ドイツでは有給休暇とは別に病欠制度が整っています。

日本でも制度としては存在しますが、実際には風邪やインフルエンザの際に有給休暇を使う人が多いのではないでしょうか。私自身も、新卒の頃に「有給は病気のときのために残しておくもの」(??!)と教えられた記憶があります。

こうした細かな制度の違いが、働き方や休み方の文化を形づくっているのだと感じました。

 

成果主義の厳しさ

一方で、ドイツの働き方がすべて理想的というわけでもありません。

効率よく働くということは、短時間で成果を出すことが求められるということでもあります。日本ではプロセスを評価する文化もありますが、ドイツでは基本的に結果が重視されます。

また、ドイツ人は「白黒や善悪をはっきりさせることを好む、いわば竹を割ったような性格の人が多い」とも書かれていました。

日本的な曖昧さや情緒を好む私にとっては、少し厳しそうだなと感じる部分もあります。

 

生活を中心に据える働き方

それでも、本書を通して感じたのは、ドイツでは仕事が人生の中心ではないということです。

日々の暮らしや家族との時間を大切にし、その生活を支える手段として仕事がある。そうした考え方が社会全体に根付いています。

その意味では、日本の働き方を見直すヒントも多く含まれている本だと思いました。

本書では経済指標や具体的な数値も多く紹介されており、データを交えながら理解しやすく解説されています。働き方や社会の違いを知る上で、とても興味深い一冊でした。

 

 



読書日記#120 ミステリアスな市役所3階

『答えは市役所3階に』

コロナ禍の悩みと小さな嘘。心がほどける連作ミステリー

 

新聞の書評欄で気になった一冊

答えは市役所3階には、新聞の書評欄で紹介されているのを見かけ、気になって図書館で借りて読んだ作品です。

舞台となるのは、コロナ禍の市役所。そこに期間限定で設けられた「無料の心の相談室」に、悩みを抱えた人々が訪れます。相談にやってくるのは、10代の高校生から40代まで、さまざまな年代の男女です。

それぞれが日常の中で抱えている悩みを打ち明けていきますが、その語りにはときどき小さな嘘が混ざっています。その嘘が後になって明かされ、ミステリーのように種明かしされていく構成が、この作品の面白さになっています。

 

相談の中に紛れ込む「小さな嘘」

人は悩みを打ち明けるとき、すべてをそのまま話せるとは限りません。羞恥心や話しづらさから、少し事実をぼかしたり、何かを隠したりすることもあります。

本作では、そうした「語られなかった部分」や「わずかな嘘」が、後の展開で明らかになっていきます。

第一話では、相談者の話に嘘が混ざっていたことに驚きました。しかし第二話以降は、「この人は何を隠しているのだろう」と想像しながら読む楽しさが生まれ、読み進めるほどに物語の奥行きを感じました。

 

人をつなぐ小さなキーホルダー

物語の中で印象的だったのは、最初に相談に訪れた高校生が持っていた手作りのキーホルダーです。

イニシャルをかたどったそのキーホルダーが、思いがけない形で別の相談者へと受け継がれていきます。そして物語の最後、再びその高校生がそれを目にする場面が描かれます。

直接的な関係がなくても、人の人生はどこかでつながっている。そんなことを感じさせる、静かな余韻のあるエピソードでした。

登場する悩みはどれも特別なものではなく、むしろ日常の中でよく耳にするようなものばかりです。だからこそ、どこか自分のことのように共感しながら読むことができました。

 

心が少し軽くなる物語

テーマとしてはストレスや悩みを扱っていますが、作品全体にはやわらかな優しさが流れています。

相談室の人々も、そこを訪れる相談者たちも、相手を思いやる気持ちをどこかに持っています。

「こんな世の中だったらいいな」
「こんな人ばかりだったらいいのに」

読みながら、そんな気持ちがふと浮かびました。現実ではなかなか難しいこともありますが、小説の中でこうした優しさに触れると、心が少しほっとします。

 

希望を感じる読書体験

コロナ禍という時代背景は、すでに少し過去の出来事のようにも感じられます。しかし当時、人々が抱えていた不安や孤独を思い出させてくれる作品でもありました。

そして同時に、人は誰かに話を聞いてもらうことで、少しずつ前に進めるのだということも感じさせてくれます。

読み終えたあと、静かな希望が残る小説でした。
この著者の他の作品も、ぜひ読んでみたいと思います。