「方舟を燃やす」 角田光代著
1年くらい前に、本屋で平積みになっているのを見て気になっていました。新刊のため単行本を購入するのをためらい、図書館で予約。これまた1年くらい待って、ようやく読むことができました。
一言で言って、とても面白かったです。分厚い本で、貸出期間内に読めるか不安でしたが、何のことなく楽しく読み終えることができました。
内容は、2人の男女(他人)の半生を描く壮大な物語です。高度成長期から”失われた30年”と言われた平成不況時代、そしてコロナ禍に至るまで、1つの歴史小説と言ってもよいかもしれません。
男性側の主人公は、母の死で父子家庭となった小学生時代から中学生高校生にかけての地方での生活の様子に始まります。そして、大学進学のため東京に出てきて、コンパの様子やバイトに励む姿を描かれ、その後、役所へ就職し、結婚、そして、離婚を経験します。
もう片方の女性側の主人公は、花嫁修行ともいわれた高度経済成長期における女性社員の日常に始まり、結婚して専業主婦となり、妊娠を経て、極端ともいえる自然食にはまっていく様子を描きます。そして、子どもの反抗期と夫の死、子供の独立後の孤独を経験します。そしてその2人が、子ども食堂で出会い、1人の女の子との交流をしつつも、コロナ禍に入り、自然災害にも対応していきます。
高度経済成長期から平成不況など、戦後から現在までの時代背景が丁寧に書かれているので面白いことに加え、人生の様々なステージで、主人公が何を考えどう対応するのか、一緒に体験できる感じで、これぞ小説の醍醐味だ感じた小説でした。
著者による膨大な資料の読み込みと調査があってこそで、作家さんというのは本当に凄い職業だと改めて思いました。そしてその労力を単行本でも2000円位で味わえるなんて…(図書館で借りてしまいましたが)、本当に素晴らしいエンターテイメントです!
ところで、本のタイトルの方舟って何だろうと調べてみると、聖書に出てくるノアの方舟のことのようです。角田光代さん曰く、小説のテーマは「デマ」だそうで、デマは「人を助けたくて流すものもある」と言います。(角田光代さん『方舟を燃やす』*PickUPインタビュー* | 小説丸)特に、母親となった女性主人公が子どもへの食やワクチンへの対応部分で、過剰なまでに自然派に心酔して実行する様子が、ノアが方舟に群衆を先導していく姿と重なりました。
先日読んだ、ハン・ガンさんの詩的な文章も唯一無二で素敵だけれど、本作のような膨大な調査による歴史小説的な物語も好奇心が刺激されて面白いです。良い本を読めました。